イームズ レッグスプリントはどのように誕生したのか?

こんにちは 庄文堂NEXTストアマネージャー 阿部です。
イームズのレッグ スプリントって知っていますか?
初めてイームズの大量生産品としても知られ、芸術的価値も高い一品です。
そんなイームズを語る上で重要な、レッグ スプリントの誕生秘話について書いてみます。

イームズ レッグスプリント誕生秘話

成型合板

1941年、アメリカが戦争へ本格的な参戦することによって、
生産技術の全てが、軍事へ向けられたこの時代

チャールズ イームズのセントルイス時代からの友人で、
米軍サンディエゴ基地に配属されていたウェンデル・スコット医師が
ある日チャールズ・イームズの元を訪れました。

雑談の中で医師は、現在医療部隊が抱える問題を話し始めました。

負傷兵の足を、正規の金属製の添え木で固定すると、
間に合わせの添え木で固定するより症状が悪化する。
運搬するときの振動が金属だと増幅するという。

この問題を改善すべく、
チャールズ・イームズとレイ・イームズは成型合板で可能性を探り始めた。
このとき作った成型合板の添え木がレッグスプリントです。

デザインで悩んだのはもちろん、財政面でも行き詰った二人は、
ジョン・エンテンザやエブァンス・プロダクツ社に協力を仰ぎます。

その後約15万個のレッグスプリントが製造され使用されました。

二人が始めたレッグスプリントの仕事は、イームズオフィスの設立、
エブァンス・プロダクツ社の成型合板部門へと発展したそうです。

まとめ

レッグスプリントのモデルはチャールズ・イームズの足だそうです。

型を取るとき足の毛が抜けてすごい痛かったそうです。

チャールズ・イームズとレイ・イームズはこのレッグスプリントを作り、
イームズオフィスを設立しました。

このレッグスプリントが、最初の約15万個の大量生産のプロダクトとなりました。

本日はイームズ大量生産の最初の品レッグスプリントの誕生秘話をお話しました。

次回もお楽しみに。